第2回を迎えた8耐・・・すでに、私の地獄は10月初頭から始まっていた。

まずは、長電話オヤジの攻撃。
そして、「チームできないんだけどぉ」等。。
一体私はいつになったら自分のマシンに触れるのだろうか?(^^;
そして、4日前。某アナウンサーからの電話で「もう1台ある?」。。。

確かに、、、確かにそうだよ。言ったよ。僕は・・・
「何かあったら相談してね」。。。と

こんな事になるとは思っていなかったのだ。
救いは、事務系のややこしいことはSUGOに任せられることである。
前年はレギュレーションの整備などで結構大変だったが今回はそれは無い。
一度体験してしまうとその後はなんとか予想も付くのだ。

そして、大阪、北海道など各地からチームが集まってくる。
こんな凄い大会って、他にあるんだろうか?
レンタルカートベースの全国大会は無限の大会がある。
しかし、自主的な開催と自主的な参加でここまで出来るのか?

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我がチームは、昨年同様F1カメラマンのけんさわ氏とFK-9の「尊師」杉山、
そしてF3ドライバーのS氏と私の4人、のはずだった。
しかし、4日前からそのS氏と連絡が取れなくなっているのである。
さては、ビビッたか?(違)
後日判ったことだが、S氏はマカオに行っていたようである。
しかも、8耐のことを「忘れて」いたそうだ。(笑)

必要なパーツ類は事前に発注しておく。
FK-9用パーツはJOGと共用の物も多いが
特殊な物の場合は、いつまでたっても「届かない」事すらあるのだ。
セッティング用のパーツはキタコ・デイトナ・カメファクに発注。
代引きで続々と届く。が、こんなに金がかかるのか?(笑)
パーツ類は全て揃えたつもりだったのだが、やはり欠品は生じる。
特に心配なのはクラッチアッセンブリー。これが、結構焼けてしまっているのだ。
まぁ、無い物は仕方がないので気持ちを切り替えることにする。

マシンの整備が始まったのは、前日土曜日(!)の13時頃。
けんさわ氏と手分けして各所のチェックに懸かる。
まずは、トラブルの多いキャブレター。中身を新品にする。
クラッチ軸のベアリングも交換。
このパーツは各パーツの中で一番回転が高くトラブル発生の率も高い。
そして、このパーツが壊れたときは、まず間違いなくリタイアになってしまう。
ベアリングのボールが中で暴れてギアを壊してしまうからである。
杉山が来てからはステアリングの変更と、ナックルの交換を行う。
ナックルなどは、騙し騙し使ってきて、既に3年ほどになっているのだ。
もう、ここまで来ると止まらない。
フロントタイアのベアリングまで交換する。

ちなみに、この土曜日の走行前に3時間で交換したのは以下のパーツ。
プーリー・ベルト・フェイス・キャブメンテナンス・プーリーボス・ウェイト・
マフラー・ピストン・シリンダーヘッド・ギア内ベアリング・リードバルブ・等。
普通にやれば優に1日かかる作業である。
これをやって16時30分にコースインさせるのは曲芸に近かった。
実際には、この後タイア交換とステアリング・ナックル交換など、
細々としたメンテを行った。

ここまで、マシンのパーツを交換したのには訳がある。
今まで耐久レースではウチのチームにはトラブルが降りかかってきていた。
しかもいろいろな形で信じられないようなトラブルが多いのだ。
例えば、入るはずのない大きなゴミがメンテしたばかりのキャブに飛び込む、とか
クーリング不良でエンジントラブルに会う、とか
ブレーキワイヤーが外れてしまう、とか
キャブのアイシングで楽勝のスプリントを落としてしまう。。。等


今回は、ウチの監督が「絶対にトラブルで後退はしたくない」 という強い想いから、
可能性のある部分は徹底的に見直すつもりでいたのだ。
しかし、時間的余裕が無くなった今回、
マシンの仕上げをするためには、新品パーツへの「交換」しか方法がなかったのである。

コースはあいにくの雨で濡れている状態。
各マシンがフリー走行と言うことで、ライトを装着していない。
ここで、MVSとハイランドのマシンにクラッシュが発生。
ダメージを負ったマシンの修復に入る。
我がチームのマシンは、非常に調子が良く、なかなかのタイムを出している。
確かに気温が下がりエンジンは好調。路面は最低。
この状態で半分慣らしなのに3秒台での走行が可能だ。

しかし、この「好調」というのが後になって響いてきたのだった。

実は、今年のマシンにはデチューンが施してある。
昨年、エンジントラブルが続いて悩んでいたのは
クーリングの不良であったことは判っており、
それも前回のスプリントで解消していたのだが
やはり高回転の連続走行は怖かったのだ。
そして、いつも悩んでいた変速不良の原因は
ドリブン側のプーリーの溝にガタが来ていたことが判り、
前回のレースで交換を行っていた。
しかしこれによって変速タイミングが大きく変わって、
軽いウェイトセッティングになっていたのだ。
しかし、今まで馴染んだ感覚はどうも抜けない。
前回の5.75g x 6というウェイトセッティングを信じられず、
6.5g x 6 というセッティングにしたのだ。
冷静に考えてみれば、デチューンといっても5.75gを6.5gにするのは重すぎるのだが
昔の感覚が6.25g、あるいは6.0gという選択をさせなかったのである。
これによって本来ならタイムが出なくなってしまうのだが、
気温の状態とエンジンの好調でタイムが良かっただけだったのである。

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ついに、決勝日当日。
他チームのマシン1台を組みながら、自分のマシンの最終チェックにかかる。
ライトの基部が破損したのは昨日。
マウント部分が若干上がってちょっとだけかっこいい。(笑)
ガソリンの準備は20リッタータンク2つを用意して、
0.5リッターのオイル1缶丸ごとと15リッターのガソリン補給で作ることにした。
大体1/30である。
考えてみれば1時間の走行で約4.5リッターだから合計36リッター必要。
さらに、フリー走行も含めると40リッターか?オイルも0.5リッターが3缶必要になる。
菅生のガソリンは\150/Lで、オイルが\1200だとしても、それだけで\9600-・・・
凄いことだと改めて感じる。

フリー走行では、予想通り2秒台前半のタイムでTTを終了した。
ここで、トップタイムを出したのはやはり矢竹。
前回の8耐でもコースレコードを出しているドライバーが、
今回はチームを「おフェラーリ・マラネロ」鈴木チームに移っての走行である。
そして、2番手にはなんと「ハイランドチームB」がこれまた1秒台で入ってきた。
3番手には前回の優勝者「DATE CLUB」。
そして、4番手に我が「Team KUMI & 畳のF1速報」。
耐久キング大坂の「エーゲ海のこけし」はなんと9番手からのスタートとなった。

さて、緊張が高まる中、11時37分、ついに8時間のレースの火蓋が切られた。

序盤トップを走行するのは、ポールスタートの「おフェラーリ・マラネロ」の矢竹。
1秒台のペースで後方をどんどん引き離しにかかる。
最初にピットインしてきたのは「B'sレーシング」の家喜。
どうやらキャブに不満があるようだ。しかしまだまだ先は長い。
最初の20分ぐらいで何度か調整を済ませ、コースに復帰していく。
「Team KUMI & 畳のF1速報」のけんさわ は、3番手集団2台とバトルが続いている。
「RED EMZ RACING」と「BLUE EMZ RACING」である。
この間、2番手には「仙台ハイランドチームB」がいる。
30分を過ぎたあたりから、各チームがドライバーチェンジのためにピットインしてくる。
そして、トップの矢竹がピットイン。おもむろにマシンを裏返す。
これには驚いたが、エンジンマウントが緩んでいたようだ。
55分ギリギリで「Team KUMI & 畳のF1速報」が
杉山にドライバーチェンジと給油のためにピットインしてくる。
マシンの調子は良いようだ。
予想より少ない燃料消費量だったようで4Lの給油でコースに復帰していく。
一つ一つ確実に、絶対に「完走」だけは達成するつもりで居たのだ。
まだ、先は長い。7時間もあるのだ。

杉山がルーティーンのピットイン。堀籠にドライバーチェンジをするが、
降りたときに一言「なんか、低速からの加速が悪い。5と8.10はやばいな」。
そんなもんかな?と思いながらコースインして行くが、
3周したあたりから確かにこの症状が現れる。
しかも、1周毎に状態が顕著に悪化していくのである。まだ、原因が分からない。
ここで、ピットに「プラグ」のサインを出し、チェックしてみることにする。
はずしたプラグは結構白い状態だ。LOを若干濃いめにして再度コースインする。
しかし、また数周で同じ症状になるのだ。
アクセル全開状態で回転が付いてこない。しかし、ストレートの伸びは素晴らしい。
実は、後になって気が付いたのだが、
これはコンプレッションスプリングの熱ダレで変速が出来ない状態になっていたようなのだ。
確かに、それまで聞こえていたベルト変速の音が聞こえない。
回転も最低部分で5200rpmまで落ちている。
しかし、走行当時は「6.5gのウェイトで重いはずがない」という考えと
前日と今日の好調さから
2時間過ぎたところでこんな状態が襲ってくるとは予想できなかったのである。

とりあえず、走行中にあれこれと弄ってみるが、
どうやらインテークを1つ塞ぐと大分改善するようなのだ。
すぐ、ピットに「ガムテープ」を身振り手振りで伝える。
しかし、伝わるはずもなく、ピットのけんさわが首を横に振るだけ。
堀籠は、何か代用品がないかと走行しながら考える。
すると、ノイズボックスを固定するために貼り付けたガムテープが目に入った。
走行中に横を向いてしまわないように、少し大げさに貼っているガムテープがあるのだ。
高速走行中に、これを何とか剥がそうとする。
長めのテープだったので適当に切る必要があり、
メインストレートで両手をステアリングから離し適当な長さにちぎった。
しかし走行中の風圧で、今度は指にからみついてくるのである。
インテークは外側を向いている。コレが見えない。
それを手探りでやっとの思いで塞ぎ、大分改善されたようだ。

この間、一事は私のラップタイムが7秒台まで落ち込み、
レースの状態よりも
「けんさわも尊師も遅くとも5秒台なのに、オレって遅いの?」とすら思ったが、
ラップタイムが戻りホッとする。
そして、けんさわにドライバーチェンジを行い、同じ様なラップでさらに安心する。(^^;

ここから、キャブの調整を何度か行う。
けんさわはストレートの伸びを重視したいためインテークを塞ぐことに同意しない。
LOの調整だけで何とかしようとしているのだ。
それは当然である。
FK-9のエンジンにノイズボックスを装着した場合、
どちらかというと吸気過多になりがちだなんて思いも寄らないからである。
このままけんさわのスティントが終了し、杉山にドライバーチェンジをするが、
症状は改善せず6秒台までタイムが落ち込む。
既にLOはスタート時よりも45分も濃くしているのだ。
ここで、杉山を一旦ピットに入れ無理矢理インテークを塞ぐ。
改悪となった場合は、すぐに剥がせるように工夫もしておいた。
タイムは戻り4秒台も入れるようになった。
次のドライバーチェンジの際、杉山は
「試しに少し剥がしてみたけど、全然ダメですぐに戻しちゃった」と言う。
しかし、これは根本の解決にはなっていない。
本来ならば、ウェイトを軽くしてやらなければいけないのだ。
が、その作業にはどんなに急いでも10分以上が懸かってしまう。
今からでは遅すぎるのだ。

トラブルに見舞われているのは、他のチームも同様である。
トップを走行していた「おフェラーリ・マラネロ」は随分前から嫌な匂いを出している。
何かが焦げているような匂いなのだ。明らかにオイルの匂いではない。
GX200で参戦した「Furyo Oyaji」はチェーンの外れがあり、修復に時間をとられた。
「エーゲ海のこけし」はなんとガス欠でストップするハプニング。
前回優勝の「DATE CLUB」はどうしてもセッティングが合わず、
何度と無くピットインを繰り返している。
そんな中、順調に順位を上げてきたのが、RED EMZ RACING と BLUE EMZ RACING である。
前回の8耐でも途中ウェイト交換をしながらも3位表彰台に登っている。
今回は、準備万端ということのようだ。

そして、ついに「おフェラーリ・マラネロ」はトップ走行中にもかかわらず、
駆動系のトラブルでピットでマシンを休ませることになってしまう。

ナイトセッションに入り、各マシンのライトが点灯される。
気温も大分下がってきており、キャブセットがまたシビアになってきているようだ。
残り時間2時間となったところで「Team KUMI & 畳のF1速報」は、
3位と10周差、5位と2周差の4位を走行している。
この状態では相手のトラブルがない限り、余程のことがない限り順位は変わらない。
今まで、トラブルが多かった為、今回は大事にゴールに運ぶことを考えた。

さて、本当なら9スティントで間に合うはずだったが、
途中で若干早くピットインした関係もあり、
最終ドライバーの私はチェッカーを受けられなくなってしまった。
そこで、けんさわ氏に無理を言い、20分だけ走行してもらうことにする。

そして、残り55分、最後のドライバーチェンジを終え、私がコースインしていく。
この時間の走行は、既に感慨モードに入っている。
電光掲示板から前後の間隔だけを見て完走を目指すわけだ。
各コーナーに目をやると、未だペースの衰えないEMZ RACINGの2台。
初参戦ながら3位を走行している仙台ハイランドB。
直前までドライバーが決まっていなかったチーム。
北の果て、そして関西からやってきたチーム、各マシンが完璧な状態とは言えずとも、
最後のチェッカー目指してエンジンを唸らせている。
私自身も、変速しないマシンをなんとか慰めつつ、
今までこのマシンは何Km走ったのだろうか?とか、
いろいろな想いを募らせながら、今の自分が幸せだということを噛みしめる。

残り10周というボードがチーム監督(ウチの奥さんね)から出され
そろそろかな?と思った瞬間1台のスローダウンしたマシンが目に飛び込んできた。
見慣れた赤のマシン。シューマッハのヘルメット。
「おフェラーリ・マラネロ」の鈴木がチェッカーのためにゆっくりと走行していたのである。
彼とは、昨シーズンから今シーズンまで、随分とバトルを繰り広げてきた。
そのマシンを愛おしそうにゴールに運ぼうとしている彼の姿に
こちらも熱いものがこみ上げてくる。
コントロールライン上に目をやると、
オフィシャルがチェッカーフラッグに手を伸ばした。
ついに、チェッカーの瞬間がやってきたのだ。
私は彼の隣にマシンを持っていき、並んでゴールすることにした。
そう。
今まで速くゴールすることを競ってきた仲間ではあるが、
今は一緒にチェッカーを受けることが目標だったのだから。